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ジャマイカン・ミュージックに貢献した隠れた英雄たち
2014年10月26日 ソース: jamaicaobserver.com
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ヴェレ・ジョンズ(Vere Johns)のOpportunity HourとOpportunity Knocksショーは1950年代と1960年代、若手の登竜門だった。
彼らはアルトン・エリス(Alton Ellis)、ロイド・チャーマーズ(Lloyd Charmers)、ジョン・ホルト(John Holt)、ボブ・アンディ(Bob Andy)、デスモンド・デッカー(Desmond Dekker)、ウェイラーズ(Wailers)、ジャッキー・エドワーズ(Jackie Edwards)、ドビー・ドブソン(Dobby Dobson)、ボリス・ガーディナー(Boris Gardiner)、ミリー・スモール(Millie Small)、ジミー・クリフ(Jimmy Cliff)、ブルース・バスターズ(Blues Busters)、デリック・モーガン(Derrick Morgan)、ラスセルズ・パーキンス(Lascelles Perkins)、ヒッグス・アンド・ウィルソン(Higgs and Wilson)、バニー・アンド・スカリー(Bunny and Skully)、ローレル・エイトキン(Laurel Aitken)、ジミー・タッカー(Jimmy Tucker)、リコ・ロドリゲス(Rico Rodriguez)らのキャリアを軌道に乗せることに一役買った。

長年グリーナー紙に務めたジョンズは1966年、72歳で死去した。

スティーヴン・ヒル(Stephen Hill)もまた素晴らしいショー・ポロモーターだった。スポーツ界、政界からリスペクトされていた彼は30年以上もCelebrity Concertsを運営した。

彼の会社はアメリカのオペラ・シンガーのマリオン・アンダーソン(Marion Anderson)とポール・ロビンソン(Paul Robinson)、ソウル・アーティストのサム・クック(Sam Cooke)、レイ・チャールズ(Ray Charles)、ファッツ・ドミノ(Fats Domino)、ジャッキー・ウィルソン(Jackie Wilson)、ドリフターズ(Drifters)、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)、ジャズの偉人カウント・ベイシー(Count Basie)、デューク・エリントン(Duke Ellington)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughn)らが主役のジャマイカでのイベントのプロモーションを行った。

彼は1995年に死去した。

ケネス・クーリ(Kenneth Khouri)はジャマイカン・ミュージックの父の1人である。彼は1940年代に中古のレコーディング・マシーンをマイアミで購入し、ジャマイカで初めて45回転のレコードを製造した。

レバノン人を祖先に持つクーリはまたカリプソ・アーティストのロード・フリー(Lord Flea)の楽曲をプロデュースし、その後複数年ジャマイカの主要なディストリビューターとレコーディング施設だったフェデラル・レコーズ(Federal Records)を開設した。

ケネス・クーリは2003年にこの世を去った。

1968年に結成したインナー・サークル(Inner Circle)には現在ギタリストのロジャー・ルイス(Roger Lewis)と彼の弟であるイアン・ルイス(Ian Lewis)のオリジナルのメンバーが残っている。

このバンドは1970年代、1980年に死去したシンガー、ジェイコブ・ミラー(Jacob Miller)と共にいくつものヒット曲を手にした。彼らは1990年代初期に‘Bad Boy’と‘Sweat’のヒットで復活し、グラミー賞のBest Reggae Albumを受賞した。

インナー・サークルはマイアミを拠点に現在もレコーディングとツアーを行っている。



ソースURL: http://www.jamaicaobserver.com/entertainment/Without-honour_17766758

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